児童相談所に保護されている間にそれまで出来ていなかった子供にとって良い環境を作った

1ヶ月ぐらい楓が帰って来れないと分かり、楓が保護所で頑張っている間、私も悪い所を考え直したり、家で楓が過ごしやすい環境を考えた。

一番に浮かんだのが、夫婦が仲良くなる事だったが、それには私の心の問題で時間がかかるし、仲良くする事に力を費やして、私の心が壊れてしまったら元も子もないと思い、楓の環境を作るという相談を旦那にして、一緒に楓の部屋を作る事にした。

旦那とは本当にこの何年もまともに会話をしていなかったが、楓の保護をきっかけに話をするようになった。余計な話はぜす楓の話だけだったけど、話をするようになっていた。

週末に夫婦で家具屋、ホームセンターなどを回り、週末に少しずつ買い揃えていった。

上の子一吾と楓の2人部屋だったので、一吾の勉強机しか部屋には無く、楓は小学校の時からリビングのテーブルで宿題をしていた。

楓は自分の勉強机が欲しいとずっと言っていたのに、私は場所が無いと言い訳を言い、買ってあげていなかった。

今考えると、そういう事で兄との境遇や自分には手をかけてもらえていないと、兄に対して色々わだかまりが起きてしまったのだろうと思った。

いつもお兄ちゃんは大事にされて自分は嫌われてるといつも言っていた。

だから今回は楓だけの為に、机やクローゼット、ベッド新しい布団、全部新しく買い替えた。

うちは決して裕福ではなく、どちらかというと、お金には余裕がない家庭だ。

私もフルでパートを始め、何とか生活の余裕が少し出来ていたので、思い切って安価な物だけど、それなりに楓が過ごしやすい環境を作った。

ケンカになった時は、自分の部屋で心を落ち着かせる事が出来るように、友達が来てもいつもリビングだけで遊んでいたのを、自分の部屋で友達と心置きなく遊べるように。

私の子供の時は兄弟が多く、自分の部屋は無かった。4つ上の姉は、上の兄と同じ部屋だったけど、真ん中でカーテンで仕切りを作り半個室みたいなのを作ってもらい、凄く羨ましくて姉と私の手のかけ具合が違うとずっと思っていた。お姉ちゃんだけずるい!と思い親ではなく、姉に対してひどい対応を取っていた。親に言ったら困ると思い楓みたいに親にぶつける事ができなかった。

そうやって自分が子供の時のことを楓に重ねて、楓の立場で考えるようになった。中学生の楓を自分の中学生の時に考えていた事を思い出して、少しでも過ごしやすいようにと。

私ももしかしたら、親が怖くて言えなかったけど、言える環境だったら楓と同じ不登校になっていたかもしれない。学校に行きたくない時、休みたいと親に言っても、怒られて尻を叩かれ学校に行っていた。

今では親に感謝している。学校に行けていたのも、怒られながらも毎日学校に行けていた事が本当に良かったと。

だから私も楓が学校に行きたくないと言い出した時に、親と同じように私も怒り、尻を叩きながらも行かせてあげたかった。

私の親がやっていた事が本当に良かったかは分からない。学校にいかなくても、立派になっている人は沢山いる。でも昔は学校に行かないのは良くないみたいな感じだったし、不登校の子も少なかった。

今思えば私が小学生の時登校している道で、同じ小学校の子が親と一緒に小学校のすぐ近くの陸橋まで毎日送っているのを目にした時、1人で学校に行けないんや〜と心の中で少し馬鹿にしていた事があった。

大人になった今は、親もすごいし、子供も頑張ってそれで学校に行けていた事を、親子ですごく頑張っていたのにそんな事を思ってしまっていたのを今になって申し訳なく思った。

やっぱり学校で得られる事は沢山あるし、大人になっても学校は行っておいた方がいいと思っている。

だから楓が帰ってきて、夏休み明けに学校に復帰できる事を願って、色々環境を整えた。

兄の一吾は楓の保護になる前までは、楓が一吾にちょっかいを出したり、殴ったり一吾が嫌がる事を毎日沢山していて、一吾も心が休まる事がなく、家に帰ってくる事が嫌になっていて、夜になるまでずっと外に居たので、一吾にとっても家で心を休まる時間になった。

一吾にも小さい時から、お兄ちゃんなんだから我慢しなさいとずっと言ってしまっていたのを、時間が戻るならやり直したいと悔やんでしまう。

私の育児の仕方が本当に間違っていた。下の子優先で、私には下に弟が居たので、その弟を全部1番にして、上の兄弟は我慢するという自分の育ててもらった様に、自分も同じように子供にしていた。

親の育児が間違っていたかどうかは分からないけど、大人になった弟は今でもわがままで、性格もあるだろうけど育った環境は本当に大事なんだなと思った。

子供はほっといても育つと言うが、本当に育つだけで中身は育たないと思う。

私はほっといても育つと思っていた。だから最低限で他のお母さんみたいにちゃんと育児が出来ていなかった。

もう振り返って悔やんでも、時間は戻らないし、取り返しはつかないけど今からできる事をやるしかないと前向きに考え、今から楓との時間を大事にしようと決めた。

楓の部屋も完成し、あとは楓が帰ってくる事を楽しみにして過ごした。

楓が保護所にいる様子を児童相談所の担当の人から定期的に連絡をもらい、色々聞いて気分が落ちる事があり、夜楓が居ない寂しさから、楓が保護所から脱走して帰ってきてくれないかな、マンションの廊下でケンカした時に過ごしていたようにパッと現れてくれないかなと、あれだけ楓と離れたいと思っていた自分が、ケンカしてもいいから楓と一緒に居たいと、恋しい気持ちになっていた。

保護されている間何回か面会に行けたので、面会室で何日も会えていない楓にあった時、連れて帰りたい気持ちをグッと堪えた。面会の直近までバスケをしていて汗だくで面会に来てくれて、その姿を見ただけですごい頑張ってるなと、家にずっと居たらこんな事出来ていなかっただろうなと保護されて良いこともあったとすごく感謝している。

私は凝り固まった考えで、外の力を借りるとか恥ずかしいと思っていた。だからあのまま家の中だけでずっとやり過ごしていたら、楓と私どちらかが命を落としていたかもしれない。

ニュースで見る親が子供を殺してしまったとか逆も然り、そういうニュースを見ると人ごとだと思えなかった。

悪質は事件は理解し難いけど、親も子もすごくしんどい思いをして至ってしまった事もあると思い理解できる部分もあり、やっぱり家の中だけでは解決できない事は、取り返しのつかないようにならないように、外に助けを求めるのは大事な事だし、それは恥ずかしい事では決してない。親子の命を守る為にも大事な事だと思えるようになった。

児童相談所はその架け橋になってくれて、サポートしてくれる。学校と連携も取ってくれて、頼って良かったと本当に思えた。

いよいよ楓の出所の日が決まり、待ちに待った楓を迎えに行く。

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