楓が保護されて、数日はあの怒涛の日々から離れられて何も考えず体を休めた。
その間も児童相談所の担当の人とは連絡をとり、楓の様子など報告してくれていた。
児童相談所での楓の様子は、皆んなが集まっている場所では端っこでよく座っていると聞いた。楓は人見知りだけど、仲良くなるまではそんなに時間はかからない子だったので、楓だったら大丈夫だと私は思っていた。
でもそんな事を聞くと皆んなが自由時間遊んでいる端っこで膝を抱えて座っていると思ったら、なんとも言えない気持ちになった。
そしてこんな事も言われた。
寂しいのか泣いたりします。やっぱり他の同じ歳の子に比べると幼い。端っこで座ってるし、普段も友達は少ないんでしょうね。と言われた。
私はそーですね。と返したけど、その言葉で深く傷ついた。担当の人は思った事を言っただけだけど、その言葉で悲しくなった。
それを言われて、楓には幼い所はあるけど、友達には恵まれて沢山友達もいるし、楓の事を悪く言われたような気がして、1人ではモヤモヤしてしんどくなってしまったので、保護の事を唯一知っている友達の所に話を聞いてもらいに行った。
その友達も同じ年代の子供がいて、楓の小さい頃から子供同士遊ぶ10年以上の友達で、何でも話が出来る人で、言われた事を話した。
楓は面白い子だし、初めは人見知りだけど絶対仲良く出来るよ!親でも子供と急に離れたら泣くのに、楓が泣いてもおかしくない!って言ってくれて、心が軽くなった。
もう言われた事を気にせず、今楓の為にできる事を考えようと、切り替える事にした。
楓が帰って来るまでに何ができるか、楓が向こうで頑張っている間に私も何か変えないといけない。怒涛の日々を繰り返さない為に、何をしたらいいか、色々考えた。
児童相談所の担当の人が前に言ってくれた言葉を思い出し、ケンカした時はお互い頭を冷やし落ち着く為に離れる場所が必要だと話してくれた。
うちの家では兄の一吾と楓の2人部屋で二段ベットで寝ていた。2年ぐらい前までは楓が一吾にくっついて行くぐらいだったのに、荒れ出したからは殴り合いをするぐらい仲が悪くなっていた。
だから一吾が部屋に居ると楓は部屋に行かないし、行ったら殴り合いケンカになるので、もう一部屋ある旦那の部屋に旦那と楓がそこに寝るようになっていた。
旦那と楓が寝る部屋でも、反抗期の楓は旦那と一緒に寝るのも嫌がっていた。
私が寝ている部屋で狭いけど、楓と一緒に寝ることもあった。ケンカばっかりだけど、何故か嫌がらず楓は旦那とギクシャクしている時は私の所で寝ていた。私ともケンカして旦那の部屋でも寝たくない時は、いつもの学校に行かず、ソファーでゴロゴロしている、リビングで寝ていた。
その事を保護される前は気付かなかったけど、保護されてから振り返ると、楓の居場所はリビングのソファーだけだった事に気づいた。
仕事から帰ったらソファーに寝転びテレビでYouTubeを流し、スマホをイジっていて帰った私に暴言を吐き、ケンカが始まる日常だった。
楓の居場所がリビングのソファだけだった事に気づき、ケンカしても離れて頭を冷やして落ち着く場所もなく、家から飛び出してマンションの廊下で居たりして過ごしていた事を思い出した。その時は夜遅くに家を飛び出して!ってまた怒ってケンカになったけど、今思えば居場所がなかったからそうしていたのに、私が怒ってしまってまたケンカになっていた。
このままじゃまた楓が帰って来ても同じ事の繰り返しになる。離れて過ごすこの機会をもらったから、私のできる事は楓の居場所を作る事に時間を使った。
私と旦那は不仲だ。
楓が小学1年生ぐらいの時からだんだん不仲になり始めて、高学年の時には全く夫婦は喋らなくなった。と言うか私が旦那と喋りたくなくなり、それを察して旦那も喋らなくなった。
でも楓の反抗期で旦那とは楓の事は喋らないといけなくなり、その事は喋るようになっていたけど、私が拒絶してしまっていて頭では子供の前では夫婦仲良くまでは行かなくても、普通に会話をしなくてはいけないと思っているけど、心が無理だった。
楓が帰って来るまでに居場所を作るには、私1人では無理があったので、旦那に提案して不仲の私達夫婦が力を合わせる事になった。


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